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脱出船団航行編 第2話ケープタウン沖海戦

last update publish date: 2026-06-13 17:04:51

1945年 6月21日ケープタウン沖500キロ

とうとう我々脱出艦隊は追撃してきた米独艦隊と交戦となった。

この日の午前中敵機動部隊から発進してきた敵の戦爆連合約200機が後方で警戒していた駆逐艦のレーダーが発見し私達や戦闘機乗りの連中にたいして緊急発艦の号令が発令された。

「どうやら。敵さんもうちらの制空権に入る前に叩いておこうとしたんやな」

「そのようですね。旧型だろうが飛べる機材があるなら飛ぶしかないでしょうね」

「そやな。英軍連中も頭数になるやろな。まあ、直衛やけど数は力やで」

「ですね」

そんな感じで私たちは飛行長からの指示を受け直ちに飛行甲板へと上がった。

既に飛行甲板では整備兵たちが機体のエンジンを回していたので私は手馴れた手つきで機体に乗り込み。

整備兵に手伝ってもらいながら座席ベルトを装備しパラシュートの開傘索のフックを所定の場所に装備し計器のチェック。酸素マスクの確認といった規定通りの手順を素早く済ませて待機。そして攻撃隊の連中が空中退避のためにカタパルトを使って次々と発艦しその直後に発艦士官からゴーサインがでる。整備兵に車輪止めを外してもらいそのままエンジン出力を上げて発艦する。その数約150機の戦闘機が迎撃のためにあがっていた。そして艦爆や艦上攻撃機たちは大部分は非武装で一部の対潜哨戒用の連中も同じく後方に退避行動を取っていた。

そして私たちは金剛の管制に従って所定の空域へと機を飛ばす。

まあ、この辺はイギリス本土で散々やっていた手順だからね。

で、私はいつのまにか英国連中の指揮官に祭り上げられちゃったようで。私以外の編隊のメンバーは英国の連中だったりするね。

で、敵の右側下部に敵編隊を発見したと司令部に伝え、編隊無線にもわれに続けと言って燃料コックを切り替え増槽を切り離して機銃を全て装填させて敵編隊に向けて降下したわね。もちろんダージリンたちもあの英国防空戦を戦い抜いた歴戦の勇者ゆえに機材が違っていたとしても体が覚えていたというかんじかしらね。私の挙動に皆ついていけていたわね。

そして敵編隊に一撃を食らわせて一度戦場から離脱し返す刀で再び敵編隊の死角から急上昇させて敵機のエンジンやコックピットに多数の銃弾を敵さんに食べさせてあげた。その機は当然煙を吹いて大西洋の藻屑となるべく煙をだしてその後火が付いたらしく火と煙の尾を引いて海上へと墜落していく。

そして交戦したわけだけど私たちは優先的に攻撃機を狙ったので敵兵力の3割がやられたみたいで敵は爆弾を捨てて逃げ出そうとしていたようね。

そして攻撃隊の大半は爆装のために一度着艦しわたしたちはそのまま艦隊直衛任務についていたわね。

で、対潜哨戒用に爆装していた艦上攻撃機や艦爆の連中が撤退する部隊に紛れて送り狼をしていたようね。で、私たちの編隊に金剛から通信が入りその連中の護衛を努めよといわれたわね。

まあ、そういうわけで私たちはそのまま敵編隊に紛れて敵艦隊まで誘導してもらったりしていた。

1時間ほど送り狼をしていた私たちは直ちに位置を確認して送り狼をしている艦爆に発光信号で知らせるとどうやら向こうでもわかっていたようで、既に暗号電文を艦隊向けに通電していたそうだ。

そして敵編隊は次々と敵母艦に着艦していたのを見ていた私たちは敵が粗方着艦したのを見計らって、様子を見ていた攻撃機の連中が着艦すると見せかけて次々と甲板を爆撃し甲板から登る火柱をみて私たちも駆逐艦に銃撃をし始めると向こうも気がついたらしく護衛艦隊から猛烈な歓迎会をあじわうことになったわね・・・

で、逃げ惑っていると後方から多数の味方の大編隊が煙を目標に次々とおそいかかってきたわけで、私たちはそのままひきあげたわね。

まあ、燃料も引き上げ分で精一杯だったりするからね。私たちは送り狼を終えて空母に戻ろうとするとどうやら私の方も燃料タンクをやられていたようで着艦動作直前で突然エンジンが燃料切れで止まったので私は躊躇わずに緊急用レバーを引いて風防をとばし高度600落下傘安全開傘高度以上なのでそのまま落下傘降下を選んだわね。で、ダージリンたちは無事に着艦したようだけど・・・。

で、無事に海面に降下した私は近くのトンボ釣りである駆逐艦のカッターに救助されたわね。

で、私は荷物のように信濃に送り届けられたわね。

戦果の方は敵空母多数を血祭りにあげたみたいで3隻を沈めたそうだね。残り一隻もかなりの損害だそうだ。

護衛艦隊の多数も大破、撃沈で敵艦隊の損害は8割以上とのことだね。だけど、こちらも加賀、赤城が着艦不可能ということで機材の大半を損耗したからこれは痛み分けということになるのかしら・・・。

そして艦隊は生存者を救助後一路ケープタウンへとむかったわね。

翌日ケープタウンの制空権下にたどり着いた私たちは信濃の船内の一室でそれをきいたわね。

まあ、翼を失ったパイロットなんざ無用の長物というやつよ。

ダージリンや神尾隊長たちも皆無事だったのが幸いだったかな。ただ、乗っていた機材の大半は損傷が激しく飛行不能と判断されて海没処分になったそうね。

6月25日に艦隊は無事にケープタウンに入港したわね。

ケープタウンのドックで艦隊は修理、補給をうけていたわね。で、私たちはイギリス空軍基地で出港まで基地周辺の哨戒飛行をくりかえしていたということになるわね。

そしてそれから2ヶ月後真冬の南半球の中を我々の艦隊は再びシンガポール目指して出発した。

まあ、出港後南緯40度前後の吼える海とはよく言ったもので連日の大嵐を久々に体験したわね。私たちは往路で経験したから比較的軽度ですんだけれどダージリン、オレンジペコたちは皆グロッキーになっていたわね。で、その嵐の中でも平然としていたのがローズヒップただひとりだけだったわね。

で、私が彼女に尋ねる。

「あなたこれだけ揺れる船の中でも随分平気ね」

「まあ、あたしは子供の頃にもっと小型の船で真冬の北大西洋のシケを乗り越えてきていたのでコレくらいの巨船での航行は平気ですよ。あたしの実家は元々フェロー諸島という貧乏な島暮らしで女だろうがなんだろうが家族総出で船に乗って鱈やら鮭を取って加工して生計をたててましたよ。ですが大嵐で船が難破して家族が皆死んじゃってね。その時あたしは怪我していたから船に乗らなかったけれどそれで孤児になっちゃってね。で、娼婦になろうかと思い家にあった有り金と家財道具全て売り払ってアバディーン行きの船にのってそしてロンドンへと向かったわね。で、そこで路銀が尽きて娼婦になるしかないなと思っていたら。どこぞの御大尽のお嬢様に見初められてそのままこの道にですよ。そういえばユキはなぜジャパンのアーミーに入隊したの」

と、ローズヒップの質問に私は答える。

「そうね。私も親がいなくて親族に穀潰し扱いされてね。で、私を娼館に売り飛ばそうと算段していたのをしって逃げ出すかと思ったときに兵隊募集の張り紙見て陸軍の入隊事務所に駆け込んで女性でも行けるのかと尋ねたら行けると言われて兵隊になったわね。まあ、その親族も大空襲で焼け死んだそうよ。まあ、これで独り身というやつね」

「そう。お姉さまも同じなんですね。どうです今宵は」

「一寸私の意志はどうなるのよ」

「ふふふ~。寒い夜には人肌が恋しくなりませんか。私も疼いてね~」

とまあ、そんな感じで口をキスで塞がれちゃった上押し倒されて下着姿にひん剥かれてちゃってね。まあ、お互い一夜の百合にのめり込んでしまっていたりするわね。

そしてカルカッタで補給してインド洋を南下してマラッカ海峡に入ってシンガポールに艦隊が入港したわね。

そしてイギリスの連中はシンガポールで降りて女王陛下たちはシンガポールで臨時政府を立ち上げ全世界にラジオ放送を行っていたようね。

そしてダージリンたちも女王陛下とともに付いていったようね。

私たちはそのまま帰国の途に付いたわね。

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